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EBウィルス研究

はじめに

ヘルペスウィルスの一種であるEBウィルス(Epstein-Barr Virus)がシェーグレン症候群や慢性疲労症候群の原因となっているのではないかという研究が大きな話題になったことがあった。シェーグレン症候群では、約60%のケースで易疲労感が生じるため、EBウィルスによってこの両者を結ぶ因果関係には興味深いものがある。
真偽のほどは解明されていないが、何かとシェーグレン症候群と縁の深いEBウィルスについて、その歴史を紐解いて見ると、少年期に片目を失明するという災難に遭いながらも、外科医として医学界に大きな功績を残した人物に行き当たる。本来なら、医師として致命的とも言える障害であるが、それを見事克服した点は、まさに神がかり的である。
この点に関しては、本当に神がかっていたという逸話もあり、興味深い。

不慮の事故と神の啓示

バーキットは、1911年、自然豊かな北アイルランド地方に暮らす敬虔なクリスチャンの家庭で、三人兄弟の長男として生まれた。自然保護の行政官をしていた父親をはじめ、親戚には教育者や技術者として活躍していた者も多く、勤勉な一族であったことが窺える。
バーキットの人生に早くも大きな試練が訪れたのは、わずか11歳の時であった。彼がちょうど下校中に、二つの少年グループの間で喧嘩騒ぎがあり、不幸にも投石がバーキットの眼鏡を直撃したために右目に重症を負ってしまったのである。眼鏡のガラスは砕け散り、その一部はバーキットの眼球に深く入り込んでいた。医師の懸命の治療に関わらず、眼球摘出を余儀なくされ、感受性豊かな少年期に彼は片目を失うこととなってしまった。
この事故を契機に、バーキットは北ウェールズ地方の厳格な神学校に転校し、以後、決定的に宗教の影響を受けることとなる。医学専攻のきっかけも、神の啓示によるものであったという。この点に関しては、当初、大学で工学技術系を専攻していた彼が、聖書を読んでいたある日、神から「医学へ進むべし」との啓示を受けて医学部への転部を決意したとの逸話が残されている。
彼の信仰心はそのまま勤勉さに反映され、医学部では、右目のハンディキャップをはねのけて外科学を見事修了をしている。卒業後には、中国船の船医として遥か中国まで渡り、海外に自分の活躍すべき場所があることを見出した。そして、第二次大戦に東アフリカで軍医として従軍した後、自ら希望してそのままウガンダに残り、自称「やぶ外科医」として、植民地時代のアフリカでの医療に携ることとなる。

バーキットリンパ腫の発見と紙の掲示

第二次対戦後、アフリカで診療をしていたバーキットは、現地の子供達に特徴的な悪性リンパ腫が多いことに気づいた。発症年齢は7〜10歳位の小児に多く、顎が腫れたようになっているのが特徴であった。
この疾患に多大な関心を持った彼は、さらに詳しい調査をすべく研究を開始した。ところが、彼が持っていた研究費は僅か75ドルしかなかったため、この予算の大半は、疫学調査のためのアンケート用紙印刷代と切手代に費やされてしまった。後は、フットワークで情報を集めるしかなく、彼は中古車を購入してアフリカ10ヵ国、57ヵ所の医療機関に調査へ出向いた。
こうした非常に原始的な方法ではあったが、収穫は決して少なくなかった。バーキットは、このリンパ腫が、「標高が高い地域には少ないこと」「気温が低い地域には少ないこと」「降水量が少ない地域には少ないこと」という特徴を有していることを突き止めた。すなわち、熱帯雨林の地域独特の疾患であることを発見したのである。この事実は、何らかの未知因子(マラリア感染による免疫低下?遺伝子?)と発癌の関連性を強く示唆していたため、多くの研究者達の興味を引くこととなった。
ところで、この研究に関しては、1961年にある小さな事件が起きている。バーキットは、ウガンダで発見した悪性リンパ腫に関する研究成果をロンドンの病院で講演することになったのだが、その案内掲示が実にひどい内容であったのだ。具体的には、「アフリカから来た何者かがあまり面白そうでない腫瘍に関する話をするので、もし興味があればどうぞ」というような内容だったらしい。
この掲示内容に激昂したのが、講演を聞きに来ていていたエプスタインである。実は、この際に彼は、失礼極まりない掲示の紙を剥がしたうえ持ち帰っていたことが後年になって明らかとなっている。この事実は、エプスタインが執筆した著書の中に例の紙が掲載されたことで発覚したというから、なかなか面白い。
さて、このような小さなハプニングはあったものの、バーキットが発見した悪性リンパ腫は、医学界に大きな反響を呼んだ。僅か75ドルという研究費を用いて行われた原始的な手法による調査であったが、他の研究者からの追加報告は瞬く間に数百となり、疾患名には当然、「バーキットリンパ腫」という名前が採択された。また、これらの追加報告の中で、エプスタイン(かの掲示を剥がし、講演を聴講していた人物)と共同研究者のバーによって、ヘルペス型ウィルスの一種がバーキットリンパ腫の発症と密接に結びついていることが立証されたことで、バーキットの発見はさらに脚光を浴びるようになった。
このウィルスは、発見者の名に因んでEBウィルス(Epstein-Barr Virus)と命名され、発癌モデルや腫瘍遺伝子研究の素材として多くの科学者達に用いられた。その後の研究で、EBウィルス感染が直ちに発癌に繋がるのではなく、EBウィルスによって腫瘍化した異常細胞が通常は免疫によって排除されて大事には至らないところを、何らかの原因で腫瘍化の方が優勢になってしまい、発癌に至ることが明らかとなっている。
ウィルスの分布も熱帯雨林に限定されているわけではなく、我々もほぼ例外なく成人までに一度は感染したことがある類のウィルスであることがわかっている。すなわち、日本には熱帯雨林地域に存在するような腫瘍化を促進させる因子が少ないために、アフリカほどバーキットリンパ腫の発生がないと考えられている。癌以外では、伝染性単核症の原因ウィルスとしても知られ、この他にシェーグレン症候群や慢性疲労症候群の原因ウィルスではないかということでも話題を集めたことがあるのは、前述のとおりである。

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